街中のあちこちで見かけるKarateやTae Kwon Do Martial Artsという看板。ロサンゼルスにやってきて、ずっと気になっていたことでした。
それこそ、ストリート一本に最低一軒はある、という具合なのです。全土的な傾向なのでしょうが、ここカリフォルニアは、温暖な気候のせいか暮らす人々の気質がおだやかで、他文化により寛容なのです。
Dojoを訪れてみれば、ビシッ、パシッと、ヘビー・コットンの胴着がすれる音。「エイー!」「ハイー!」と“キアイ”を込めてカタを反復練習する老若男女の顔ぶれを見ると、現地の日本人、韓国人、中国人よりも、むしろ白人、ヒスパニック系の方が多いかもしれません。 Martial(好戦的な)Arts(技術)は、武道全体を指す言葉として使われていますが、東洋系武道が本格的にアメリカに伝わったのは第二次世界大戦後のことです。19世紀半ばに中国人労働者たちによってもたらされた少林寺拳法は、アンダーグラウンドで行われたのみ。
ハワイを経て、米国本土のノン-オリエンタル・コミュニティに空手やテコンドー、拳法が広がったのは、1950年代、60年代でした。そして、ブルース・リーの映画やテレビドラマ“Shogun(将軍)”が人気を博した70、80年代に、マーシャル・アーツの人気が爆発。アメリカンは東洋人の顔を見れば「Karate!」「Samurai!」と叫ぶような時代だったとか…。
「カッコいい、と感じたことが、やはり、始めた理由ですよね。でも、学んでいくうちに、その本当の意味に気づくんです。アメリカは“大きい者が強い”という考え方。武道は、大きくなくても勝てる。テクニックを磨くことで、力に勝つ可能性が生まれる。それがいいんだと思う」。ウエストLAで『実戦古武道自然舘』を主宰するピーター・スティーブさんは言います。
そして、そんなマーシャル・アーツの人気の理由は、最近、もっと実用的なところにあります。武道をただ武道としてではなく、家族や自分を危険から守るために学ぼう、というのです。
市民の危機感、“セルフディフェンス”への意識がよりいっそう高まったのは、「やはり3年前に起きた9.11のテロの影響がたいへん大きいと思います」、沖縄小林流空手道場のインストラクター、シェリー・コースさんはそう感じているそうです。
6秒ごとに暴力事件が起きる(2003、FBI資料)アメリカでは、たとえばドラッグストアの出口から、駐車場の車に無事に戻れるかどうかだって、わかりません。そういう現実の中で、人々がマーシャルアーツを選ぶ理由…。
ピーターさんの言う「スピードや技・知識が力を超越する可能性」は一つの理由でしょう。また、武道のみならず東洋医学やヨガなどにも共通するように、本来人間が持つパワーを引き出す、つまり自己開発という考え方も、欧米人には新鮮で魅力的なようです。武道がもたらす効果は、フィジカルよりもスピリチュアルな部分が大きいのです。
「ボクシングやレスリングなど、よりコンペティティブ(競技的)なスポーツとの大きな違いは、そこにあると思います。私たち米国志道館の伊波清吉先生は、フレンドシップや協調性を育てることの大切さを強調します。実際、空手を修めることで自制や他人を敬う気持ち、精神の安定や自信が得られます。もしもストリート・アタッカーが弱い女性だと思って襲ってきても、私たちはそういう存在ではなくなっています」。
空手の技術が直接的に身を守るというよりはむしろ、危機に直面し、普通なら恐怖で体がフリーズしてしまう瞬間に動じない心こそが身を助ける、ということのようです。道場に子供を通わせるお父さんやお母さんに聞いてみても、やはり、わが子の精神的な成長が、一番の喜びだと話していました。武道を始めたことで、自分たちの子供がセルフ・コンフィデンス(自信)を持ち、ディシプリン(自制心)を身につけ、レスポンディング(敬意)を持てるようになった、と。
力の弱い子供にも、女性にもできる、マーシャル系セルフディフェンスが人気なのは、ごく自然な流れなのかもしれません。
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