日本では過日、ホノルル・マラソンのドキュメント番組が放映されたはずですが、米国ハワイ州オアフ島を舞台に、12月12日に行われたこの第32回大会は、25617名が参加し、うち15723名が日本人だったそうです。 2003年に取材を兼ねて出場した際に知ったことですが、世界でも数少ない“制限時間がないフルマラソン”のひとつであるこのレース。フル初挑戦という人が多く、しかも完走率が限りなく100パーセントに近い、すべてのランナーにチャンスをくれる大会なのですね。
シーズンが近づいてくると身近なところでも「ホノルル・マラソンに出るんだ〜」という話を毎年、必ずといっていいくらい耳にするのですが、今回も例に漏れず、でした。いつもお世話になっているカイロプラクティク・クリニックのスタッフ、ゆきさんことMrs.Yukiko Matsuiが、夏のおわりに「ホノルル・マラソンに出ることにしました」と宣言! 以来、お互い顔を見れば、話題は“走ること”になります。ゆきさんはまったくのマラソン初心者で、話をしていると、それが彼女にとっていかに大きなチャレンジであるかが伝わってきました。だんなさまのお父様に完走記念メダルを捧げたいという思いもあったそうです。
最初は不安ばかりを口にしていた彼女ですが、本番の2ヶ月前に初ハーフマラソンを1時間56分で完走し、そしてホノルルは、なんと3時間50分05秒という見事なタイムでゴール! それはどんなに感動的な瞬間だったでしょう…「いえ、それが、悔しくて。だってスタートしてしばらくは、ほとんどまともに進めないんですもん。もう少し、前の方に並んでおけばよかったな。でも、あとからじわじわと、ああ走ったんだ、という気持ちがわいてきましたけれどね」。
スタートが大混雑で、しかもタフなコースどりのホノルル・マラソンですから、実際、ゆきさんはこの記録以上の走力があるはずです。「100メートルもまともに走ったことがなかった」という37歳の働く女性が、どうやってここまでの力をつけたのでしょう。ゆきさんの練習内容を聞いていると、決めたことはちゃんとやらないと自分が許せないくらい気がすまないくらい、ストイックな性格であることがわかります。地道な毎日の積み重ねが何より大切なマラソンには、もともと向いていたのでしょう。
でも彼女のマラソン・サクセス・ストーリーにおいて特筆すべきは、毎朝5時に起きて走り、それから仕事へ行くという生活を続けたことはもちろんですが、パーソナル・トレーナーをつけたこと、ではないかと思います。走り始めた当初、「ジムで、パーソナル・トレーナーを頼んでいるので」という話を聞いて驚きました。おそらく、今回ホノルルを走った大勢のビギナーランナーの中でも、ゆきさんのようなケースは珍しいはずです。多くは、特別な指導もなく、身ひとつで走り始めるでしょう。でも彼女に言わせれば、「私の場合は、何も“走ること”の知識がないから、ちゃんとアドバイスをしてくれる人がいないと走れない」。
そのとおりかもしれません。“走る”というきわめてシンプルなスポーツは、簡単そうで、探究すればとても奥の深いものです。正しいフォームやペース設定、必要な筋肉の鍛え方、靴の選び方…それぞれ距離や季節、コースのシチュエーションによって変わってくるわけです。まったくの我流で試したり、ランニング仲間の情報、クリニック本などでノウハウを知るのも楽しいことですが、明確な目標により安全に、早く、到達するには、体づくりの専門家の指導をあおぐというチョイスは、正解でしょう。パーソナル・トレーナーは国家資格ではありませんが、NSCA(NationalStrength&Conditioning
Association)、NCSF(National Council on Strength&Fittness)、NESTA(NationalEndurance&Sports Trainers
Association)といった団体が、体に関するスペシャリストの教育と認定を行っています。
もともとパーソナル・トレーナーのムーブメントは、アメリカの上流社会が発祥だといいます。セレブリティは、健康で美しいボディこそ一流の証といわんばかりに、健康志向へと走りました。 日本でもスポーツクラブの敷居はずいぶん低くなって、トレーナーの存在も知られるようになりましたが、アメリカはさすが元祖。ほんとうに街のあちこちでスポーツクラブがどーんと構えていて、24時間営業のチェーンもあります。そして、ゆきさんのようにオプションで個人トレーナーをつけることも、特別なわけではないのです。まったくフリーで活動しているトレーナーを探す方法もありますが、スポーツクラブにいけば、そこに所属もしくは契約しているトレーナーがいるので簡単です。
通常、時間につき料金が発生します。ゆきさんの場合は30分50ドル。週に4回、指導を受けていました。入念なカウンセリングに基づき、トレーニング・メニューが組み立てられ、進行具合のチェックと微調整が繰り返されるわけです。故障や靴の不具合など、こまかな問題が起きるたびに話し合い、彼女はアップダウンの多いホノルルマラソン完走をゴールに逆算された走行計画を、日々着々と消化していきました。その強い意思にはただただ脱帽。「きっと、そうやってチェックしてくれる存在がいなかったら、完全にはできなかったと思います。そういう意味でも、パーソナル・トレーナーは、私にとって絶対必要でした」。長時間、走り続けるための筋肉も、ランとマシーントレーニングによって培われ、ゆきさんは5ヶ月でりっぱなランナーへと変身したのでした。
「私のトレーナーはランニングが専門だったこともラッキーですが、彼が常に勉強しているのがよくわかったから、信じてついていくことができたんです」 トレーナーとプレイヤーは、“契約”であっても人同士のかかわり。信頼関係がまず何より大切であることがわかります。最初は、「ホノルルマラソンを完走したら、もうマラソンはやめるかも」などと話していたゆきさんですが、結局、ハマってしまい、「次は一緒に、5月のパロス・バーデスの丘のハーフマラソンを走りましょうよ」と誘ってきました。トレーナーが、その大会を何度も走っていて、「ものすごくハードなコースだ」と聞いて出たくなったとか。もうすでに、コンビのパロス・バーデス1時間35分計画は始まっています。
日本ではその料金も安価になっているようで、1時間3000円というところもあります。ゆきさんのように週に4度とまではいかなくても、たとえば週1回、1週間分の問題点をぶつけてもいいではないですか。パーソナル・トレーナーと一緒に、自分だけのためのトレーニング・メニューで、自分だけのゴールを目指してみるのもおもしろそうだと思い始めています。
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