アマチュアのボクシング大会を見に行ってきました。
8月14日の日曜日、場所はLAのダウンタウンからやや北東、チャイナタウンのはずれにあるLAYACジム。廃工場のような古い6階建てビルで、場所を間違えたかな、と一瞬思うのですが、裏口から階段を上がっていくと5階部分のドアだけが開いていて、そこがジムの入り口なのです。中に入ると、アメリカ国歌が聞こえてきました。試合開始前のセレモニーです。何のタイトルもついていないただのオープン戦だし、観客席はリングの周りに椅子とマットを並べただけのものですが、満員の観衆で埋まった会場に国歌が響き、“試合”の雰囲気は十分。そんな中で出番を待つ選手たちも気持ちを高めていたでしょう。
日本ではアマの試合も、勝敗のないスパーリング大会も取材した経験がありますが、アメリカではこれが初めて。“プロたたきあげ”が多い日本と違い、アメリカではほとんどのボクサーがアマチュアで実戦経験を積んでからプロに転向していきますから、あちこちで頻繁に大会が行われていることは予想できたのですが、なかなか到達できませんでした。もっともローカルな部類のイベントに今回、めぐり会えたのは、ジムメイトが「この日曜日に試合に出るんだ」と教えてくれたから。実は、8月からブロードウェー・ボクシングジムで、名トレーナー・ダブ・ハントレー氏についてトレーニングしているのです。毎日毎日、汗をぽたぽた流しながら練習していると、いろんな人が珍しがって声をかけてくれて、そういうちょっとした会話の中から“試合情報”が入ってきたわけです。
大会には、10歳未満の子供から30代の大人まで、幅広い年齢層のボクサーが出場していました。
日本の多くのボクサーと比べて、海外では幼いころからグローブに親しんできたボクサーが多く、後の世界王者同士が小学生のころにアマ試合で一戦交えている、というエピソードが出てきたりします。実際、ジムに行き始めてわかりました。子供が、多いのです。父親のトレーニングについてくるうちに自分も始めたという子もいれば、人間形成にいいからと、3人の娘・息子をジムにひっぱってきているお母さんもいます。ボクシングのトレーニングは、毎日毎日、同じことの繰り返し。シャドーボクシング、ミット打ち、サンドバッグ打ち、縄跳び…そうやって、1対1の闘いに勝つための、的確な攻撃法、防御方法をカラダにしみ込ませ、戦いきるためのスタミナをつけるのです。いろんな人がひたすら黙々と鍛えているボクシングジでは、きっと子供たちは心身ともにいい刺激を受けるはずです。
この日は同じジムからは、11歳のジャッキーがリングに上がりました。普段、ジムではどの子よりも見事なコンビネーションブローをトレーナーのミットに打ち込むジャッキーですが、ここではジャッキーは傑出した存在というわけではありませんでした。出場する子たちはみな立派な“ボクサー”。しっかり練習しているのでしょう、アシさばきや攻防の技術も一丁前なのです。結局、ジャッキーはなかなかリズムに乗れないままダウンも奪われて、判定負けとなってしまいました。でも、子供たちにとって試合は、ボクシング技術を競い合う以上に大切な“学びの場”だと感じました。勝者にも敗者にも、大小のトロフィーが手渡され、みなそれを大事そうに抱えてリングから下ります。お互いに出やすいように、二本目と三本目のロープの間をあけてあげたり、健闘をたたえ合ったりもします。コーチから頭をなでられ、それから反省点を話し合います。そうやって彼らは成長していくのでしょう。
さて、今回の大会で一番見たかった試合。それは同い年34歳のデービッド・ベイリーのファースト・ファイトです。彼は小学校の先生。ボクシングを始めて2年、仕事とトレーニングを両立して、今日はじめてリングに上がるのです。
いつも落ち着いていて、やさしく笑っているデービッドですが、試合を待つ時から険しい表情で、肩に力が入っているのがわかりました。
案の定、試合が始まると、あまりに気合が入りすぎて動きが硬く、うまくヒットを奪えません。2ラウンドにはショートパンチを浴びてダウン。打撃によるダメージは大きくなさそうでしたが、力みすぎによるスタミナ消耗で、最終の第3ラウンドは息遣いも荒く、劣勢を立て直すことはできませんでした。
でも、彼は試合終了のゴングを聞いた後、ガッツポーズをみせたのです。最後まで戦ったぞ、と、とても満足そうでした。判定負けの結果を聞くと、いつものやさしい笑顔で、若い相手を祝福していました。
「いやあ、硬くなりすぎているのは、わかってたんだけどね。どうしようもなかった。僕にとって、初めての試合だからね。練習と試合は違うってことが、わかったよ。明日から、またジムに行くよ!」
そう言って、笑顔で会場を後にしたデービッドは…
その言葉の通り、ちゃんと翌朝、ジムにやってきて、バンデージを巻いて、練習を始めました。トレーナーとのミット打ちでは動きを一つ一つチェックし合ったりして、実戦で知ったことを、さっそく生かしているようでした。
トレーニングを終えて帰る前に、聞いてみました。きのうの今日で、カラダは痛くないのかどうか。
「大丈夫!何もダメージはないよ。また一生懸命練習するよ。僕はいろんなスポーツが好きで、どれもすばらしいものをもたらしてくれると思うけれど、ボクシングはすばらしいと思った。カラダもこころも注がないとできないね。僕は小学校の先生を8年間しているんだけど、今は、家の中でゲームをするのが好きで、太っていて、努力することが嫌いな子供が多い気がするんだ。いつも、“先生といっしょにグラウンドを走ろう”って誘うんだけど、なかなかみんなついてこないんだ。でも昨日の試合、何人か生徒が来ていてね…」試合後のガッツポーズは、“先生はがんばったぞ”というメッセージだったのです。いえ、3ラウンドの闘いそのものが、カラダを張った、生徒たちへのメッセージだったのです。
きっと、子供たちの心に響いていると思いますよ。そう言うと、デービッド先生はにっこり笑って言いました。
「うん。そうだと信じてるよ」
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